2005年10月活動実績 防災投資促進技術の共同研究スタート 

1. はじめに

 建設分野では初の研究開発型NPO事業がNPO法人シビルサポートネットワーク(代表理事辻田満)の主催によりスタートしました。同事業は、武蔵工業大学総合研究所、(株)篠塚研究所と建設コンサルタント数社が共同研究組織として参加し、“社会”と“大学”が連携した「社学連携」の立場の下、日本政策投資銀行のバックアップにより進められます。

 本研究テーマは「企業価値向上のための防災投資促進技術に関する共同研究」。これは、武蔵工業大学と篠塚研究所が開発した「確率論的DCF法」に基づくものですが、日本政策投資銀行が発表したレポート「防災マネージメントによる企業価値向上に向けて」を受けて生まれたものです。金融経済学と工学技術を統合し、企業による防災投資の投資効率を定量評価する技術を開発することで、企業が自ら災害対策に積極的に取り組むことができる仕組みづくりを目指します。

2.共同研究の生まれた背景

 地震防災への取り組みは企業価値を高め、また地域社会の防災性向上に資する意味でも、重要な検討課題となっています。しかしながら、投資効率を物差として企業選別を行う外資の急増や国際間の競争の激化などから、企業は短期的な投資効率を重視する傾向にあり、長期的な視点が必要な防災投資に積極的に取り組む企業は少ないのが現状です。

 間接金融から直接金融の時代を向かえ,企業の資金調達手段は多様化し,市場を通じた社債や株式による調達が比重を占めるようになっています。これを受け、企業は安定した資金調達を実現するため,借り入れとしての調達を含め,投資家の意向を重視する傾向にあります。ところが、地震リスクを取り入れた投資判断指標は必ずしも整備されておらず、投資家は地震対策に熱心な企業とそうでない企業の選別ができない状況にあります。一方の企業は、企業価値に与える防災投資の貢献度を示す手立てがなく、防災投資をIR(Investor Relations)活動や社会的責任投融資(SRI)の一環として位置付けることができません。これは、企業が防災投資にインセンティブを持てない状況の一因となっています。

 一方、防災対策はリスクの転嫁、分散、低減、保有など、物理的な対策から金融的な対策まで多様であるが、これら対策の組み合わせを含め、一つの尺度で効果を記述する方法は未整備です。企業が持つ選択肢の多様性を考慮すると、防災投資の妥当性を統一的に評価することは不可欠なものとなると考えます。

2. 研究提案

 日本政策投資銀行のレポート(「防災マネ-ジメントによる企業価値向上に向けて」)は、企業の防災投資が企業価値の向上、さらには地域経済や社会に対しても有益であることを述べたうえで、企業の防災マネ-ジメントに関する考え方や方法論、要素技術、さらには事例を踏まえ幅広くリサーチしています。

 特に、災害時の事業継続プラン(BCP)については、中心的な役割を担う考え方として位置づける一方、先行している環境会計と対比しつつ、企業財務における防災会計の必要性やあり方について論じています。また、要素技術として、防災投資は長期的な視点が必要であるとの考え方の下、その効果を記述する既存モデルとして、費用便益分析ならびにLCCを取り上げ紹介しています。しかしながら、防災投資効果を記述する適切な方法や指標については課題とし、また企業の自主的な取り組みを促進する立場から、基準化による企業活動への弊害について指摘しています。

 本共同研究は、上記レポートを受け、企業の防災投資を促進するための具体的な方法や指標の開発を目標に、参加各社による共同研究組織の下で実施します。研究はPhase 1ならびにPhase 2に分けて実施します。

 Phase 1は、・企業を取り巻くステークホルダーが共通の理念で理解できる情報とは何かを検討した上で、・防災への取り組みを企業会計に則した情報として開示できる指標を検討し、・その具体的な評価方法を検討する。・地震の発生や被害の不確実性等、将来推計におけるリスクを反映できる評価モデルを開発し、・既存の財務指標との整合性を図りつつ、物理的、金融的対策の区別なく、防災投資による企業価値を合理的に記述できる指標の提案を行うものであります。
 Phase 2は、Phase 1の研究成果を受け、・具体的な事例解析を通じモデルの適用性について検討を行い、可能な範囲で公表(論文発表を含む)を行います。一方、公益事業についても市場原理に則した効率化や質的向上が求められている実情を考慮し、・社会資本の防災投資を促進する指標あるいはモデルとして、その適用可能性について検討します。

4.研究内容

・ ステークホルダーの検討
 企業の利害関係者は、主に顧客、従業員、債権者、株主、さらに地域住民などであるが、視点によって企業価値や活動の目標が異なる実態がある。例えば顧客に対しては、発災時における事業継続の可能性(BCP:Business Continuity Plan)が重視され、債権者や株主に対しては、信用リスクの減少や収益率の向上が重視されます。だれの視点を重視し、あるいは尊重すべきかについて企業活動の本質や社会的役割を整理しつつ検討します。

・ 企業価値を示す財務指標の検討
 近年、企業の財務状況を公平かつ客観的に示すことを目標に、キャッシュフロー計算書の導入、連結決算重視、時価評価(減損会計)の導入など企業の会計制度は大きく変化しています。このような動きを考慮しつつ、企業の防災活動を企業価値の視点で評価できる財務指標について検討します。

・ DCF(Discounted Cash Flow)法の検討
 LCCの課題として、レポート(「防災マネジメントによる企業価値向上に向けて」)において指摘されている期待値を指標とする問題、ならびに割引が考慮されていない実情や防災投資による収益の改善効果を記述できない問題を取り上げます。そして、企業の機会費用が資本コストに依存し、またNPV(Net Present Value)やCFROI(Cash Flow Return on Investment)、IRR(Internal Rate of Return)などが投資活動の指標として利用されている実態を整理し、LCCの発展モデルとして、キャッシュフローに着目したDCF法について検討します。

・ 確率論的DCF法の開発
 地震の発生や被害の可能性、さらには企業収益の不確定性などから、期待値あるいは確定的な予測には限界があります。そして、確率事象としての地震損失(地震リスク)に不確定性を考慮した企業収益を経時的に取り入れることができる確率論的DCF法を開発します。その際、保険や災害デリバティブ、防災投資の資金調達方法、さらには防災投資のタイミングを検討します。いわゆるリアルオプション手法まで含めた、幅広い対策の効果を評価できるようにします。

・ 指標の提案
 割引率によって結果が異なるDCF法の問題点を指摘し、この点を改善し、かつ企業の財務指標との整合性が図れる新たな防災投資指標について提案します。

・ 事例解析
 対象企業を選定し、事例解析を通じてモデルや指標の適用性について検討する。そして、実用的なモデルとしての高度化を進めます。

・ 社会資本への適用性の検討
 費用便益分析は、一定期間に発生する費用と便益の現在価値を比較し、公益事業の必要性や効率性を分析・判断するものである。この方法は、DCF法と基本的に同じであり、判断指標〔EIRR(Economic Internal Rate of Return),ENPV(Economic Net Present Value),CBR(Cost Benefit Ratio)〕についても同じです。また、公益事業といえでも市場原理に則した効率化や質的向上が求められている実情を勘案し、社会資本の防災投資を促進する指標あるいはモデルとして、その適用可能性について検討します。

5.研究体制および研究期間

 研究体制は、NPO法人シビルサポートネットワークに事務局を置き、武蔵工業大学総合研究所、(株)篠塚研究所と建設コンサルタント数社による共同研究組織の下で実施します。NPO法人シビルサポートネットワークは本組織の研究を促進するため日本政策投資銀行と情報交換を行い研究サポートを行います。研究の実施形態は、武蔵工大総合研究所において、定期的に研究会を行い、技術、情報、研究成果を共有します。研究期間について、Phase 1は平成18年3月末まで、Phase 2は平成18年12月までとしています


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